直感的なUIは、誰が見ているかで決まる

どのクライアントも直感的なインターフェースを欲しがる。だが、それが何を意味するのかをはっきり説明できる人はほとんどいない。

10人に聞けば、同じ曖昧な一文を10通りで返してくる。「使えば自然にわかるようにしてほしい」と。これは基準のように聞こえる。だが基準ではない。感覚であり、感覚は仕様にはならない。

ここが、多くの記事が間違えるポイントだ。「直感的」とは、インターフェースそのものが持つ性質ではない。インターフェースと、それを使う特定の人との「関係」なのだ。同じ画面が、ある人には一目瞭然でも、別の人には使い物にならない。

直感的なUIは、誰が見ているかで決まる

「直感的」とは実際に何なのか

何かを直感的だと感じるとき、人はそれを発見しているのではない。認識しているのだ。

虫眼鏡は検索を意味する。横三本線はメニューを意味する。隅のXはウィンドウを閉じる。誰もが知っている。

そのどれも、自然なものではない。

コンピューターに一度も触れたことのない人なら、どれ一つ言い当てられないだろう。これらは何年もソフトウェアを使ううちに学んだものだ。赤信号が「止まれ」を意味すると学んだのと同じように。今ではそれが自動的に感じられるから、直感的に感じる。

つまり「直感的」とは、要するに「この人がどこか別の場所ですでに学んだことと一致している」ということだ。インターフェースが、その人が持ち込んだ期待と噛み合う。立ち止まって考えなくていい。似たようなことを以前にやったことがあるから。

仕組みはこれがすべて。そしてこの仕組みには、この考え方全体の捉え方を変える、ひとつの帰結がある。

抽象的な「直感的」など存在しない

直感的が「ユーザーがすでに知っていることと一致する」を意味するなら、ユーザーを名指ししない限り、それを判断することはできない。

Bloombergのターミナルは情報が詰め込まれ、コードやショートカットがびっしりで、普通の人にはコックピットのように見える。だが一日8時間そこで働くトレーダーにとっては、速くて一目瞭然だ。大きくて親切なボタンやツールチップで動作を遅くしても、より直感的にはならない。かえって操作や移動がしづらくなる。そのユーザーが期待するものと噛み合わなくなるからだ。

子ども向けのお絵かきアプリと動画編集ソフトは、まったく違う人々にとって、まったく違うかたちで直感的だ。一方を他方のルールで採点することはできない。看護師向けのインターフェース、会計士向けのインターフェース、ティーンエイジャー向けのインターフェース、工場オペレーター向けのインターフェース。これらに共通する基準はひとつもない。共通するのは「方法」だけだ。

だから、ユーザーを添えずに「直感的にして」と言うのは、未完成の文なのだ。誰の期待かを言わずに、期待と一致させろと求めている。最適化すべき「平均的な人間」など存在しない。

仕事は、正しい前提知識を見つけること

多くの場合、それは実際のユーザーがすでに何を知っているかを突き止め、ブランドに忠実でありながら、それと意図的に一致させていくことだ。

つまり、一枚の画面を描く前に、実際の問いに答えるということ。この人たちは誰なのか。今この瞬間、一日中どんなツールを使っているのか。「保存」に何を期待しているのか、スワイプに、長押しに何を期待しているのか。どこから来て、どんな習慣を持ち込むのか。物流のディスパッチャーと歯科の受付では答えが違う。だから直感的なインターフェースも違ってくる。

ときには、競合のレイアウトをほぼそっくりそのまま真似るのが正解になる。ユーザーがすでにその競合の製品の中で暮らしていて、手が何がどこにあるかを覚えているからだ。ここでは慣れが独創性に勝る。誰も見たことのない斬新な新パターンは、定義からしてまだ直感的ではない。いつか優れたものになるかもしれない。だが初日の時点では、ただ見慣れないだけだ。

万人に通用するひとつの普遍的なインターフェースを追い求めると、誰にとっても無難で、わずかにずれたものが出来上がる。これもそのためだ。特定の誰でもないために設計すれば、出来上がるのはベージュ色の平均値。誰の機嫌も損ねないが、誰にも合わないインターフェースだ。

同じ組織の中の人々でさえ、それぞれ違う

組織のためにソフトウェアやアプリ、ウェブサイトを作るとき、その社内ツールは、異なる世界観を持ち、何が「直感的」かについて異なる考えを持つ人々に応えなければならない。

だから私たちは今、Grace上に構築されるすべてのGrace製品とプロジェクトに対して、複数の異なるUIを開発している。単にカラースキームを変えるだけではなく、本当に、意味のあるかたちで異なるUIを。

公開され次第いち早く知りたい方は、アップデートのセクションLinkedInをチェックしてほしい。

これがあなたのプロジェクトにとって意味すること

誰かが「直感的なインターフェース」を約束してきたら、返すべき問いはシンプルだ。誰にとって直感的なのか。

答えが、習慣やツールまで描写された、実在する名前のついたユーザー集団なら、あなたは仕事を理解している人と話している。答えが「みんなにとってです、自然に感じられますよ」なら——そんなものは存在しない。

LINK-Vでは、画面からではなくユーザーから出発する。実際に製品の前に座るのは誰なのか、その人がすでに何を知っているのか、説明書を一行も読む前に何を期待しているのかを突き止める。そのうえで、そこで彼らを迎えるインターフェースを作る。それこそが、ソフトウェアを「消える」存在にする。使う人が、あなたのボタンではなく自分の仕事について考えられるように。

直感的とは、最後に塗り重ねるペンキではない。誰のために設計するのかという決断であり、最初に下され、最後まで貫かれるものだ。

Tom J. · LINK-V